毎朝の通勤路、翼を広げて悠々と舞うウミネコたちの姿。
言葉を交わすことはなくても、そこに彼らがいることが私にとっての「日常」であり、心をふと凪の状態にしてくれる大切な風景でした。
ところがある日、目にした地域の広報誌に、私は言葉を失いました。
そこに記されていたのは、彼らをいかに排除するかという効率的な手法と、害獣扱いの内容の記事。
昨日まで私に安らぎをくれていた隣人が、行政の紙面一枚で「招かれざる客」へと書き換えられていたのです。
えっ……『害獣』? 毎朝、空を彩ってくれるあの子たちが……?
招いておきながら、追い払うという矛盾
さらに調べていくうちに、やりきれない現実に突き当たりました。
昨今の高層マンションでは、環境への配慮として「屋上緑化」が進められています。本来、それは都市に自然を呼び戻すための試みのはずです。
しかし、その緑に誘われ、命を繋ぐために営巣を始めたウミネコたちを待っていたのは、温かな共生ではなく「害獣」としての排除でした。
緑を整えて彼らを誘致しておきながら、いざ羽を休めれば「鳴き声がうるさい」「汚れる」と手のひらを返す。
彼らの生態に対する配慮がこれほどまでに欠如していることに、強い憤りとともに、深い悲しみを感じます。
彼らにとって、都会のオアシスであるはずの場所は、人間が用意した「罠」のような場所になってしまったのかもしれません。
「守りたい命」と「疎まれる命」のあいだで
さらに追い打ちをかけるように、SNSを通じて届いたのは、2026年3月に発表された第5次レッドリストで、ウミネコは「絶滅危惧Ⅱ類」に掲載されたというニュースでした。
ある場所では「いなくなってしまう」と保護を叫ばれ、ある場所では「邪魔だ」と疎まれる。このあまりにも身勝手な境界線に、ニンゲンの一人としてあきれるばかりです。
彼らが毎年この地に立ち寄り、羽を休めていた月日は、人間がここにタワーマンションを乱立させるよりも、ずっとずっと長いはず。自分たちの都合で空を遮り、営巣地となるような環境を作っておきながら、巣の撤去に採卵。
そして行き場をなくした彼らを「害」と呼ぶ。あまりにも配慮のない振る舞いに、胸の奥がぎゅっと締め付けられます。
緑を増やして『招き入れた』のは人間なのに、いざ営巣すれば『追い払う』。そんな身勝手なルール、あまりにも悲しすぎます
深く呼吸ができる「心地よい距離感」を探して
私がこのブログを通じて大切にしているのは、「心の波がしずまり、深く呼吸ができる状態」にあることです。
それは、単に自分の周りを綺麗に片付けることだけではありません。窓の外を飛ぶ鳥たちや、季節を運ぶ風、空の色。そうした自分以外の命や自然と、お互いに「邪魔をしない」心地よい距離感で繋がっていることだと思っています。
今、私が日々のなかで深めている「心身を整え、感性を研ぎ澄ますための習慣」。
そして、いつか言葉の枠を超えて、小さき命たちの想いに深く触れたいという願い。
その根底にあるのは、都会の喧騒にかき消されてしまう「微かな声」を、取りこぼさずに受け止めたいという祈りに近い想いです。
お互いに共生できることが当たり前の世の中になることが願いです
言葉を持たない隣人へ、私たちができること
排除という安易な選択の先に、豊かな未来があるとは思えません。
生態系の一部である彼らを守ることは、巡り巡って私たちの精神を健やかに保つことに繋がると感じています。
都会の空に響く彼らの鳴き声が、どうか明日も、明後日も、絶えることがありませんように。
この「違和感」を言葉にし続けることが、今の私にできる精一杯の誠実さだと思っています。
都会の空で起きているこの矛盾を、一人でも多くの方に知っていただけたら嬉しいです。あなたはどう感じましたか?









